神になった人々(No.47)~藤原忠文 『末多武利神社(またふりじんじゃ)』
当神社は宇治川の東岸「さわらびの道」の途中にあり、平安時代の御霊信仰の歴史を今に伝えるスポット。祭神の藤原 忠文は、平安時代の公卿、参議。宇治民部卿とも呼ばれる。平将門の乱や藤原純友の乱を抑えるため征東及び、征西大将軍に任じられたが、大納言・藤原実頼により恩賞の対象から外され、死後に怨霊となった。
Updated Date : 2026-08-29 17:11:21
この記事のシェアをお願いします。☺
末多武利神社(またふりじんじゃ)
藤原忠文の怨霊を鎮魂する祠といわれている。
珍しい神社名は源氏物語の宇治十帖(浮舟の巻)に出てくる、「まだ古りぬ(まだふるに)」という言葉が、なまり、最終的に「またふり(又振)」という地名になり、それに別の漢字を当て「末多武利神社」と名付けられたという。
OpenMatome
藤原忠文の画像
説明板の下部。馬や鷹の名手として知られ、左馬頭、右近衛少将などを歴任した。
OpenMatome
末多武利神社
34.891681725570876
135.80924140305797
0
0
0
18
34.891681725570876,135.80924140305797,0,0,0
この記事のシェアをお願いします。☺
関連記事
|
デザインマンホール(No.60 )~二題 『宇治市』 |
|
フォト俳句(934) 『チョコレート苦し祇園は衣更え』 |
|
フォト俳句(940 ) 『鵜匠と鵜一体となり炎揺れ』 |
|
故事・諺シリーズ(No.7)~『ナマズが暴れると地震が起こる』 |
|
フォト俳句(939) 『まとわりつく蚊もまたいのち草を引く』 |







