越前の片田舎から、勝龍寺城(しょうりゅうじじょう)の忠興(ただおき)様の元に嫁ぐ折、華やかな街の中に暮らせるのかと密かに期待しておりました故、田に囲まれた城に通され、しばらくのうちは気落ちしておりました。
ところが、しばらく暮らすうちに長岡の地の風景にすっかりと魅せられてしまいました。
まず城を取り囲む外堀としての役目を持った小畑川(おばたがわ)と犬川の素晴らしさ。砂州や葦の原といった変化にとんだ風景の中をゆったりと蛇のようにくねり流れては、また激しく滝かと思うばかりに流れ落ちる。そして、両河川が潤す田は、春にはきらきらとさざ波のたつ水を湛え、夏には目に染みるほどの濃い緑となり、秋には一面の黄金の海となり、冬には白と黒の水墨画と、四季折々に色鮮やかな変化を遂げます。それはさらに東を流れる桂川まで続く豊穣の園でございました。
また、西に目を移すと、西山に広がる竹林は初日の出や十五夜の月の光を受けて、朱や金色に一面光り輝き、まさに天上世界のような神々しい有様でございました。
ただ、そんな楽しい日々のうちであっても、私も忠興様も共に十六でございましたから、ともすれば意地の張り合いで多少の諍(いさか)いはございました。
例えば、ある夜のこと、城中に賊が忍び入ったことがございまして、忠興様は刀を振り回し、賊を追い回されました。そして、あろうことか、わたくしの寝所に賊を追い詰めると、その場で打ち殺し、首を刎(は)ね飛ばしておしまいになられました。私としては面白くございません。広い城の中、何故わたしの寝所を成敗の場所として選んだのかと。私は意地を張り、そのまま首を寝所の棚の上に転がしたまま、三日ほど何食わぬ顔で寝起きしておりましたところ、腐りゆく肉の臭いに耐えかねたのか、ついに忠興様も音を上げておしまいになられ、私に頭を下げられました。
「そなたは蛇のようにこわき女子じゃ」
「勇猛な鬼の女房には蛇が相応しゅう存じます」
今となっては、微笑ましい思い出にごさいます。
その後、父が信長公に反旗を翻(ひるがえ)したとき、私は味土野(みどの)に幽閉されることとあいなりましたが、それほど苦にも思いませぬ。味土野の風景もまた私にとっては、心休まるものでございました。
鬱蒼(うっそう)とした深い森ではありましたが、春には花が咲き乱れ、夏には蛍が飛び交い、秋には紅葉が照り映え、冬に雪が舞う風情はそれは見事なものでございました。
むしろ、亡き太閤殿下の取り成しで、忠興様の元に戻ってからの方が辛い日々でございました。夫は私を信じきれぬ様子で家から一歩も出さず、まさにこちらの方が酷い幽閉生活でございました。
そんな折、私はでうす様の素晴らしい教えに出会い、ようやく心の平安を持つことができるようになったのですが、それもつかの間、それに気付いた忠興様はでうす様への信仰を捨てよと迫ります。忠興様はわたしの侍女の一人を押さえ付け、その顔に刀を押し当てます。
「転べ。転ばぬと、この者の鼻を削いでしまうぞ」
私は侍女を不憫には思いましたが、でうす様への信仰さえあれば、どのような者も天国に入れることを思い出し、でうす様はどのような罪をも帳消しになさる畏(かしこ)きお方だと思い至りました。
「どうぞ、好きになさいまし」
可哀そうに侍女はおいおい泣いて懇願したのですが、忠興様はさっと侍女の鼻を削いでしまわれました。ぼとぼと血が溢(あふ)れかえり、侍女が白目を剥(む)いて、転げまわる中、私と忠興様は睨(にら)み合いを続けておりました。
さて、何故、このようなことを今になって思い出したのかといぶかしんでおりますと、家臣の小笠原秀清が突然部屋に入ってまいります。
「何事か」
「三成殿の兵が屋敷を取り囲んでおります」秀清は刀を抜き放った。「奥方様を生きて三成殿にお渡しすることはあたわず。お覚悟なさいませ」
秀清は物凄い形相で迫ってまいります。
さては、忠興様に言い付かってのことかと悟ります。ただ、もはやこれまでと首を差し出すのは容易いことながら、それでは自害と変わらぬのではないか。でうす様は自害を固く禁じておられる。私の心に迷いが生じます。
すると、私の腕を掴む者がおります。
「私は奥方に恩義のあるものでございます」そこには無残にも鼻のあるべき場所に大きな骨の穴のある女がたっております。「今こそご恩返しの時でございます。私は危うく転ぶところであったのを、奥方様の強きお心のおかげで、でうす様のお試しのお道具となれたのでございます。そのお礼を込めまして、今宵はお手伝いさせていただきましょう」侍女は私の髪を掴み、鬼のような凄まじい力で床に押し付けます。「これで、奥方様はご自害ということにはなりませぬ。さあ、辞世の句をお唱えなさいませ。わたしが上の句をお授けいたします。散りぬべき時知りてこそ世の中の……」
不思議なことに秀清は侍女の姿が見えぬかのように、刀を振り上げます。
「花も花なれ、人も人なれ」
喉にひやりと熱いものを感じるのでございます。
〈了〉