花房 観音・作『狂恋』~ガラシャ物語より
女の叢(くさむら)に隠された秘苑にも似ている。  朱に塗れた肉の破片が、細かな白い骨と共に飛び散る。夫を恋しいと蜜をこぼし泣いて、夜な夜なむずがるところに似ている肉が。 この数日間、何度もそんな飛び散る肉の夢を見ていた。人の身体が砕けるおぞましく穢(けが)れた光景のはずなのに、不思議と心地よ……
Update Date : 2017-02-18 21:41:04
Author : ✎ novel


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花房 観音・作『狂恋』~ガラシャ物語
ガラシャ物語『狂恋』
著:花房 観音(はなぶさ かんのん ) カバーイラスト:toMoka 『ガラシャ物語全集』は、京都フラワーツーリズムが提供する「まちおこし小説」の一環として出版されています。 kyoto.flowertourism.net/
 女の叢(くさむら)に隠された秘苑にも似ている。  朱に塗れた肉の破片が、細かな白い骨と共に飛び散る。夫を恋しいと蜜をこぼし泣いて、夜な夜なむずがるところに似ている肉が。 この数日間、何度もそんな飛び散る肉の夢を見ていた。人の身体が砕けるおぞましく穢(けが)れた光景のはずなのに、不思議と心地よくそれを眺めていた。この山深い土地を出られるという知らせを聞いたその日から、繰り返し見る夢。  味土野(みどの)、と呼ばれている四方を山に囲まれたこの場所に来てからもう二年が過ぎようとしている。前にいた宮津(みやづ)は海の傍だった。輿入れした勝竜寺城(しょうりゅうじじょう)は都に近く人の行き来も多かった。けれど、ここには何もない。ただ静寂さと澄んだ空気だけ。そしてここには、夫がいない。夫婦になったその日から狂ったように私を讃え求めていた夫が。何故そこまでと疑う隙もないほどに片時も離したくないと縋るような目で私を見ていた夫が。  全ては父の謀反から始まった別離だった。主君を屠(ほふ)ったと聞いた時から今に至るまで父を恨んだことはない。私にとって父は決して間違わない男だ。家族には優しく誠実で、主君に対しても真摯に仕えていた父。その父の決意ならば、私自身も受け入れるものだと、死を命じられる覚悟は出来ていた。  けれど私は殺されることなく、夫と離されこの地に連れてこられた。侍女達は「殿様は、奥方様のことを慈しんでおられるから助けようとされているのですよ。なんと幸せなことでしょう。このままならぬ世にここまで大事にされるなんて女としてこれ以上のことがありましょうか」と羨望の眼差しをよこすが、本当にそうなのだろうか。  夫と離れ、どこにも行けず、ただ日がな空と山の稜線を眺めて暮らしていた。最初は夜だった、じきに昼間でも声が聞こえてきた、身体の奥から恋しい恋しいと泣く声が。私の身体の夫と繋がっていた唇にも似た蜜壺が乞うているのだ。しかし乞われても泣かれてもどうすることもできず、私はじっと身をちぢこまらせ自らの腕を抱くしかない。そのうち味土野の空を覆う魔王の衣のような雲が私の中に広がっていった。  一瞬だけ私を見た家臣を切り捨て、「俺はこの世の全ての男の目を潰したい。そなたを見ぬように。そして全ての腕を切り落としてしまいたい。そなたに触れぬように」と血走った目で私を睨みつけた夫――私は血まみれで横たわる家臣の生臭い匂いを嗅ぎながら、震えていたのだ、悦びで――こんなにも求められているのだと。けれど、こうして離れてみると、それはただ一瞬の激情の爆発に過ぎなかったのではないかと思うのだ。狂おしいほどの執着、独占欲、嫉妬――そして夜に全身を喰らわんとばかりに私の全てのを賞賛し愛でる夫――それは、果たして妻を想うて故だろうか――己の荒れ狂う獣欲故に過ぎないのでは――それならば、私でなくてもいいのではないか――。  私は恐れているのだ。こうして時間が経ち、離れ、夫の心が変わっていることを。父が母を慈しみ大切にする様と、夫が私を乞うる様は別ものだ。父と母の間に流れる暖かい春の陽気のような穏やかさは夫と私の間にはない。私達の間には獣が喰われる前に喰うてやろうと目を凝らしているかのように研ぎ澄まされた空気があるだけだ。けれどだからこそ――夫の険しく尖った欲望が、私の身体には肌の隙間から血のように全身に行きわたり、こうして会えぬと夫が恋しくて乞うてしまう。いっそ腹の下を刀でえぐって女でなくなってしまおうかと思うほどに、強く。  もうすぐ夫に会える。嬉しいはずなのに怖くて、あのような夢を見るのだ。どうして夫は父が謀反を起こした時に、私を殺してくれなかったのだろう。そうすれば夢も見ずに済むし、本当は夫もそれを望んでいたはずではないのか。私を誰の目にも触れさせないようにするには、自らが妻を殺すしかないことを知っていたはずではないか。    ああ、しかし、今さらせんなきことよ。 せめて願わくば、夫より先に私は死にたい。そしてその時は夫は人目も憚らず泣いて叫んで私を乞うて欲しい。夫を恋しい恋しいと泣き疼くこの身体など、こっぱみじんになってしまえばいい。夫の乞うていた私の姿など、この世に形が残らぬように。そうするしか、夫が永遠に私を忘れぬ術はないのだ。  夜が明ける。東の空の山間から、日が毀(こぼ)れ闇が去ろうとしている。あの光は、どこかで見たような気がする。そうだ、あれは、いつか見た西洋のマリアという名の、父と語り合う時の母の眼差しにも似た美しい像が描かれた絵だ。マリアの背から世を照らそうとこぼれんばかりに放たれた、あの光だ。 〈了〉



物語の舞台
細川ガラシャ隠棲の地・味土野
35.65034819812813
135.15536069695372
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35.65034819812813,135.15536069695372,0,0,0
物語の舞台:細川ガラシャ隠せいの地(京丹後市弥栄町味土野)
京都新聞|ふるさと昔語り
「弁当忘れても傘忘れるな」と言われる、うらにしの雨がそぼ降る晩秋の丹後地方。山深い京丹後市弥栄町野中の集落から、つづら折りの細い山道を五キロほど進むと、味土野地区が広がる。  標高約四百メートル。戦乱の世を強く生き抜いた細川ガラシャの隠せい地だ。ガラシャが幽閉された「女城」跡地には、地元婦人会が戦前に建立した「細川忠興夫人隠棲(いんせい)地」と刻まれた記念碑が残る。  時代は、今から四百年以上さかのぼる。ガラシャは明智光秀の娘で名前は玉。細川忠興に嫁ぐも、光秀が本能寺の変で逆臣となり、玉の身に危険を感じた忠興によって味土野に幽閉された。  なぜ、この地が選ばれたのか。郷土史愛好家の芦田行雄さん(82)=同市弥栄町=は「丹後随一の米どころであるとともに、行者山と呼ばれた近くの金剛童子山には、各地からの修験者が多かった。食料や情報が集まる場所だったのではないか」と推察する。  幼いわが子たちとも離された心寂しい生活は二年余りに及び、玉は「身を隠す里は吉野の奥ながら花なき峯に呼子鳥鳴く」(『丹哥府志』)と、心境を吐露している。
「花房 観音」さんの作品
花房観音 - Wikipedia
第1回団鬼六賞大賞を「花祀り」(無双舎・刊)にて受賞。 京都在住、京都観光文化検定2級所持の現役のバスガイド。

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